マンハッタンの事件から考えるーノーリードと自己分析ー

5月の末、セントラルパークで起きた 犬のノーリードをめぐる事件。

取り乱し、犬の首輪を持って犬を釣り上げ興奮する 飼い主の女性の姿が頭から離れません。

首を絞められ もがき苦しむ犬を見て、私は 動画に向かって何度も「放せっ!」と言っていました。そして、怒りがこみ上げました。

事件の内容

事の発端はマンハッタン、セントラルパーク内での口論。犬にはリードを付けなければならないという規則のある区域で、ノーリードで散歩をさせていた女性に対し、男性がリードを付けるように注意した事がきっかけでした。

注意された女性は怒り、飼い犬の首輪を引っ張り持ち上げながら、警察に実際の状況とは異なる内容を報告し助けを求めたのです。

この時の女性が白人で、男性が黒人。

警察に虚偽の状況報告をしながら、女性は何度も「アフリカン アメリカン」と言っていました。

従ってこの一件は、人種差別問題として注目を浴びたのです。

また同時に、動物愛護の観点からも非難を浴びました。

出典:ユーツベひとり放送局

この事件から見えてくる問題点

動画を見た後、この事件には複数の問題が絡んでいるように感じたのです。

それは

言わずもがな、、人種差別。

2、ノーリードに対する意識。

3、自己コントロール・自己分析能力。

1の人種差別に関しては、触れないで逃げます(>人<;)。

ただ、私自身もアメリカに行った時に「あ、これは差別ってやつだな・・・」と感じることはちょこちょこ、いや、たくさんありました。

それは、白色人種からも、黒色人種からも、そして国籍は違えど同じ黄色人種からも。

私は人種差別に限らず、差別は無くなることはないと思います。

差別は、誰かの自尊心に繋がっている部分が少なからずあると思うからです。そんな自尊心は、悲しすぎますけどね…。

ということで、

2、ノーリードに対する意識。

3、自己コントロール・自己分析能力。

について自分なりに考察してみようと思います。

ノーリード に対する意識の違い

今回は「ノーリードに対する意識」について!

ノーリードでの散歩に対する意識は、国・地域・人によって、それぞれあるかと思います。

ちなみに私は「リードはつけるべき派」です。

理由は、様々あります。

・車、バイク、自転車の多い地域に住んでいる。

・どんな事が起こるか100%予想することは不可能。故に、何か起こった際の対応が遅れる もしくは できない。

・犬がどんな行動をとるかも100%予想することも不可能。(びっくりした際には予想外の行動をとる。人間でさえも。)

などのことから、リードはつけるべきだと考えています。

※訂正※

私が住む神奈川県横浜市は「係留する」こと(すなわちリードをつけること)が条例により定められています。したがって、これに違反すると当然、罰則があります。

”つけるべき派”ではなく『つけなければいけません!!』

大変失礼致しましたm(__)m

ノーリード が条例違反であることをわかりやすく説明してくださっている法律事務所のWEBサイトがありましたので、リンクを貼っておきます。

・ノーリード で犬を散歩させると、違法?(榎本・中西法律事務所のコラム)

体験談

また、これは知人から聞いた話ですが。

「犬が病気で歩けなくなってしまい、カートに乗せて散歩に出ました。少し座って休憩していたところ、ノーリードの犬が近づいてきました。飼い主らしき人物は遠くにいるし、その犬がどんな性格なのか、どんな行動をするのかわからない。うちの子が傷つけられたらどうしよう。はたまた、元来うちの子は、血気盛んな性格。嫌なことされて、ガブっなんて事になったら、うちの子を加害者にさせてしまうし、嫌な思いをしながら抵抗もできずに我慢させるのもかわいそう…( ; ; )と、とても不快な思いをしました。なので、すぐにその場離れることにしました。」

さらに、これは海外の人がネットに上げていた記事ですが、要約するとこんな感じ…

「私と私の愛犬が森の中を散歩していました。もちろんリードをつないで。すると、向こうから1匹の犬が近づいてきました。リードをつけずに。私は怖かったので、その犬の後ろにいる飼い主らしき女性に言いました。『お願いだから、呼び戻して、リードを付けてくれるかしら?それからここは、ノーリード禁止区域よ!』すると女性は『大丈夫よ!この子はとってもいい子だから!』と…。私は思いました。『あなたにとっていい子でも、私たちにとっていい子とは限らないじゃないっ!!』」

ノーリード 肯定派の意見

一方、ノーリードで散歩をさせる側の意見としては…

・犬をもっと自由に遊ばせてあげたい。

・躾はできていて、呼び戻しもできる。

・誰にでもフレンドリーで問題ない。

・そもそもリードなんて人間の都合で作られたもので、犬にとって不自然なものだ。

・海外ではノーリードでもとやかく言われないのに…

等々。

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みなさんは、どう思いますか?

私見

私見は

やはり、リードはつけるべきです。

それは、愛犬を加害者にも被害者にもさせず、周囲の人、また その人の愛犬をも守るために。

私たちができることは?

おそらく、このブログを読んでくださっている方々は、普段からリードを使っていらっしゃる方が殆どだと思います。

ならば、もしも今後、ノーリード で散歩をさせている人に出くわした時、私たちはどのような対応を取るべきなのでしょうか?

どのような対応が取れるだろうか?

きっと大事なのはここだと思うのです。

ただ…これが本当に難しい…

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以前、ノーリードで散歩させている人(ちょっとした知人)に対して

「お願いだから、危険で見ていられないからリードしてください!」と懇願したことがありました。

その人は笑って「はいはい」と言い、リードをつけてはくれなかった…

かと言って、その人が犬を可愛がっていないわけではないのです。

犬と一緒にできる趣味をして、多くの時間を犬と過ごし、愛情を注いでいるようでした。

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誰だって自分の行為に対して「それは間違っている」とは言われたくないし、自分が危険なことをしていたと思いたくない・気が付きたくない部分さえあるのだと思います。

どのような伝え方をすれば「あ!リードをつけた方がいいな!」とすんなり受け入れてもらえるのでしょうか…???

参考文献

・CNN.co.jp

・ユーツベひとり放送局

・ノーリード で犬を散歩させると、違法?(榎本・中西法律事務所のコラム)

・横浜市動物の愛護及び管理に関する条例

まとめ

「正しい」「間違い」は横に置いておいて(何が正しくて、何が間違っているかなんて、立場によって違うので 絶対はないですもんね💦)、愛犬にとって安全な環境を作りたいという目的を適える為のアプローチ方法を、改めて考えていきたいと思いました。

※訂正※

↑「何が正しいか、間違っているかなんてない」というような書き方をしてしまっていますが、条例にも定められている通りリードはつけなければなりません。なので今回のケースではノーリードは間違いですね💦大変失礼致しました!

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